Malgré la nuit

Review of unpublished films in Japan.

2017年新作映画ベスト

1.夜にもかかわらず Malgré la nuit / Despite the Night

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 今年のベストは、フィリップ・グランドリューの7年ぶりの新作。恋人を探しにパリへと帰郷した青年がアングラなポルノの世界に巻き込まれる様子を描く映画。まるで暗闇の如く抽象化された空間は、デヴィッド・リンチの『インランド・エンパイア』を彷彿とさせる。主人公が出会う二人の女のうち、アリアン・ラべドが一身に背負う男性的支配の暴力性は受け入れ難いけど、もう一人の女であるロキサーヌ・メスキダが歌う場面で彼女を照らす光の白さには無条件の感動があった。死者を前に「天使」が召喚されるのもリンチ的で、その混沌とした世界の魅力には抗えない。

 

2.ツイン・ピークス Twin Peaks The Return

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インランド・エンパイア』以来11年ぶりとなるデヴィッド・リンチの新作は、およそ25年ぶりとなる『ツイン・ピークス』の続編。多岐に渡る舞台によって、一つの田舎町という世界は失われ、代わりにカイル・マクラクラン演じる多人格化したクーパーの姿がリンチらしくグロテスクかつコミカルに描かれる。ナオミ・ワッツローラ・ダーンの登場、『イレイザーヘッド』を彷彿とさせる8話の衝撃など、リンチの集大成を思わせる。同時に、かつての住人たちとの再会を果たす同窓会的な側面も。観ていて面白いのが全体の3分の1くらいなのは前シーズンと同じで、全10話程度にまとまっていたら傑作になっていたと思うけど、それでもリンチの新作を観られる喜びは、今年観たどの作品にも代え難いものだった。

 

3.触手 La región salvaje / The Untamed

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 上半期一番楽しみにしていたアマト・エスカランテの新作は、期待通りの傑作だった。メキシコの荒涼たる大地を背景に、水面下で崩壊した家族が「異形の生物」との出会いによって破滅へと導かれるアート系触手ホラー。一家の住む街と謎の怪物の潜む小屋を接続する自然を後景に得て、人物や動物同士、そして人物と怪物の身体的接触がアーティスティックに描かれる。巨大なタコを思わせるその生物は、アンジェイ・ズラウスキーの『ポゼッション』の悪夢的なルックとは異なり、ある種の神々しさすら放っていた。根底にある家族という主題は、エスカランテの前作『エリ』やカルロス・レイガダスの『静かな光』『闇の後の光』に通じる。

 

4.セルマ Thelma 

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 下半期一番の期待作だったヨアキム・トリアーの新作は、違和感も多々ありながら、それでも偏愛したくなる私好みの映画だった。主人公の少女が潜在的な超能力を持つというスーパーナチュラルな設定ながらも、軸となる物語は同性に恋してしまったことへの戸惑いで、それが手の震えや身体の痙攣、光の点滅を駆使して描かれる。ただ、『キャロル』という傑作がある以上、同性への恋心を葛藤を伴って描くのは前時代的とも思う。本作で描かれる青春は、この監督の一貫したテーマ。主人公の感情の抑圧によってその主題を宙づりにする後半は物語が様変わりするも、その結末が映画を救う。主人公のセルマが恋焦がれる少女と過ごす時間には多幸感が溢れる。

 

5.ソング・トゥ・ソング Song to Song

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 テレンス・マリックの新作は、ルーニー・マーラライアン・ゴズリングマイケル・ファスベンダーナタリー・ポートマンケイト・ブランシェットといった錚々たるキャストを配した恋愛映画。例えるなら『聖杯たちの騎士』の手法で撮り直した『トゥ・ザ・ワンダー』で、テキサスの音楽シーンを舞台に二組のカップルのポリアモリックかつ流動的な恋愛模様が描かれる。自己模倣的な作風もエマニュエル・ルベツキのカメラにも既視感は拭えないけど、時空間を自由自在に越境する映像の魅力には抗えない。カットが変わる度に衣装もヘアスタイルも変貌させるルーニー・マーラがとにかく魅力的で、それだけでもこの映画には価値がある。

 

6.パーソナル・ショッパー Personal Shopper

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「死者が残された者に影響を与える」というオリヴィエ・アサイヤスの一貫したテーゼが行き着いたホラーという境地。双子の兄を亡くした主人公は、死者との対話、見えざる者との交流を通して、「誰かになりたい」「何かを怖れる」自分自身と向き合うことになる。彼女にメッセージを送り続ける名もなき者は、孤独な彼女の理解者でもあり、彼女の前に現れる亡霊は、その恐怖の具現化なのだろう。メールの送り主が死んだ兄だと思いながら震える指で返事を打つ場面、代行者たる彼女がついに「禁じられた」ドレスを身にまとう場面は、涙なしでは観られない。クリステン・スチュワートという一人の役者に賭けた映画は、今は亡き兄の面影に見守られながら孤独な自己と向き合う彼女に寄り添い続ける。

 

7.ラ・ラ・ランド La La Land

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 賛否両論あったけど私は擁護派。映画の出来が主人公たちの不器用さと重なって愛おしくなる。それぞれの夢を叶えて別々の人生を歩むことを選んだエマ・ストーンライアン・ゴズリング、その二人を時空を超えた演出で結んでみせるクライマックスの感動。星空のような水上でのダンスにホームビデオ、二人の人生に実現することのなかった「もう一つの物語」を描くこのハイライトは、まさしく映画だからこそ叶えられる夢のひと時だった。

 

8.甘き人生 Fai bei sogni / Sweet Dreams

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 異なる二つの時間軸で一つの映画を構成する前作の手法が描くのは、幼少期に母を亡くした男の人生。テレビ画面というフレーム内フレーム、サッカースタジアムや雪などの窓の外の景色、そして「落下」のモチーフと、マルコ・ベロッキオ特有のファクターが点在。投身自殺した母の死を直接描くことを避けながら、幾つもの「落下」のイメージでその死が表象される。母と息子が楽しそうに踊る冒頭を反復する精神科医とのダンスやプールでの彼女の飛び込みは、すべて医者である彼女によって主人公のトラウマが解きほぐされていく過程のよう。これも精神分析的視点から何作もの映画を撮ってきたベロッキオらしいアプローチ。映画の終わりに描かれる母子のかくれんぼには号泣した。

 

9.心と体と Testről és lélekről / On Body and Soul

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 イルディゴ・エンエディの18年ぶりの新作は、食肉解体工場で働く孤独な男女が同じ鹿の夢を見るという偶然から惹かれ合う恋愛映画。『パーソナル・ショッパー』といい、内向的で孤独な少女の映画には感情移入せざるを得ない。彼女が職場の食堂での彼との会話を、ひとり家でソルトケースや古いおもちゃを使って再現(あるいは予行練習)する場面の愛しさ。エンエディらしい夢や眠りといったモチーフによるファンタジーだけど、悪意を感じさせる場面もあり、彼女の中では前作『シモン・マグス』ほど出来がいいとは思えない。しかし、その完成度が主人公の不器用さと重なって愛おしくなる感覚は『ラ・ラ・ランド』と同じ。

 

10.夜の海辺で一人  밤의 해변에서 혼자 / On the Beach at Night Alone

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 最後の一本は、アンドレイ・ズビャギンツェフの『ラブレス』かポーランド映画『すべての眠れない夜 All These Sleepless Nights』を入れたかったけど、どちらも期待外れの出来だったので、代わりにホン・サンスの新作を。彼の映画では人物同士が話したりお酒を飲む場面が楽しいけど、本作ではタイトル通りキム・ミニが一人佇む姿が繰り返されるように、寒々とした冬の街や海辺が彼女の心象風景として撮られている。彼女が花壇の花を撫でる手つきやカフェの前で一人歌う場面が特に好き。夢から覚めて海岸線に沿って彼方へと去っていくラストで聞こえる、彼女のすすり泣く声の切なさ。ホン・サンスらしいお酒の席でキム・ミニと友人の女が酔ってキスをする場面は、あの下品な某映画のパロディを越えて、魅力的な瞬間の一つとなっている。

 

0.恋の花が咲きました  무궁화 꽃이 피었습니다 / Lovers in Bloom

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 実は、今年観たどの映画よりも個人的にヒットしたのがこの韓国ドラマ。夫を事故で亡くした警察官で一児の母でもある主人公と幼少期に母を失った頑固で誠実な上司の恋愛模様を軸に、複雑に交錯する三つの家族の姿を優しく描く。物語はおそらく他の韓国ドラマと大差はないだろうけど、同国の映画やドラマ特有の過剰な演出や大仰な演技がほとんどなく、観ていて不快な気持ちにならない。それどころかどの登場人物も魅力的で全員の心情が理解できる。愛する人との離別や死といった劇的な場面は、すべて過去に留められ、その喪失に向き合って乗り越えていく姿が温かく見守られる。何世代もの人々が同居する家族が大きなテーマだけど、その中でも母としての切実さが最も色濃い。全120話でまだ最後まで観ていないけど、毎日一話ずつ楽しみに観ている作品。

 ちなみに、画像はプロポーズの場面。「生涯、忠誠を誓う」という韓国式プロポーズの格好良さには痺れた。ム・グンファという主人公の名前は、二人の背景に咲く花の名でもある。